50歳、人生の「仕様変更」を始めました。 〜不満はないけど、このままでいいのか?〜
50歳を迎えました。 〜和歌山のドブ川から始まった私の半世紀〜
和歌山で育ち、同じ関西圏内で製造業の工場勤務約30年
平穏な日々の中、50という数字を目の辺りにして感じた「静かな焦り」について。
2025年12月、私は50歳の誕生日を迎えました。
滋賀の工場に勤めて約30年。平穏な毎日を送っていますが、この「50」という数字を突きつけられた時、胸の奥で得体の知れない「静かな焦り」が湧き上がってきたのです。
少し、私のルーツのお話をさせてください。
私は団塊ジュニア世代として、和歌山市の市街地で育ちました。 幼い頃の記憶にあるのは、近所の汚いドブ川を泳ぐフナ、空を覆う製鉄所の排煙、そして時おり鳴り響く光化学スモッグ警報。タクシー運転手だった父は、未発達な幹線道路の渋滞をいつも嘆いていました。当時のパチンコ屋には、親に連れられた子供が当たり前のようにいました。私もタバコの煙に巻かれながら、落ちている玉を拾って遊んでいた一人です。
父はギャンブル癖があり、借金を作っては蒸発を繰り返すような人でした。当然、家庭にお金が入ることはほとんどありません。そんな貧しい環境でしたが、中学生で塾に通い、部活動に打ち込めたのは、必死に家計を支えてくれた母親のおかげです。こうした「持たざる家」で育った経験が、私の根底には深く刻まれています。 だからこそ、50歳になった今、私は強く思うのです。
「この先、より長く自由に生きるために、自分自身と人生を根本から整え直したい」と。
「不満はない」からこその危機感
定年、再雇用、年金。レールは見えているけれど、その先で自分の可能性がしぼんでいく感覚。
今の仕事に大きな不満があるわけではありません。 現場を支え、役職にもつ付き、今は配置転換により技術事務としてパソコンに向かう日々。不慣れだったITスキルと格闘する毎日も、意外と楽しんでいる自分がいます。しかし、ふとした瞬間に「このままでいいのか?」という強烈な違和感が私を襲います。その正体は、以下の3つの「現実」でした。
1. 寂しそうに去りゆく先輩たちの背中
定年を迎え、どこか寂しげに会社を後にする先輩方の姿を何度も見てきました。「会社という看板」を下ろした後に、自分には何が残るのか?今のレールの先に待っているのが「ただの終わり」に思えてしまったのです。
2. 「動けるうちに」という体力の壁
数年前から旅行の楽しさに目覚めました。しかし、歴史ある寺社を巡り、山を登り、海で泳ぐ……そのどれもが「体力勝負」であると痛感しています。65歳になった時、今と同じように好奇心のままに歩ける自信が、今の私にはありません。
3. 「札束が燃える」4年間の始まり
来春からは、息子と娘がダブルで大学生になります。大学院まで含めれば、ここから4年間は家計が火の車になることは明白です。この「守り」の時期を、ただ縮こまって耐えるのではなく、自力で稼ぐスキルを磨く「攻め」の期間に変えたい。
このブログで「アップデート」していく3つのこと
具体的には、これからの人生を構成する「3つの軸」を徹底的に整えて(アップデートして)いこうと考えています。
① 攻めと守りの「家計管理」
大学生二人の学費、いわゆる「札束が燃える」現状をどう乗り切るか。あえて「車を手放す」選択をした滋賀での暮らしや、新NISAを活用した資産運用、そして家計の無駄を削ぎ落とす工程管理について綴ります。
② 抗う大人の「メンテナンス」
「65歳になっても好奇心のままに歩ける体」を維持するために。筋トレやヨガによる体力作り、アンチエイジング、そして健康に関する読書の実践記です。老いに流されるのではなく、全力で抗っていきます。
③ 知らない世界を「面白がる」
50歳になっても、世の中には知らないことばかりです。 行ったことのない景色、歴史の裏側にある仕組み、新しい技術、そしてこれまで関わりのなかった人との出会い。「今さら」ではなく「今から」。 会社やお金という枠に縛られず、自分の五感を使って新しい経験を積み上げていきたい。 見た目も、中身も、自分が「カッコいい」と思える大人の姿を目指して、純粋に新しい世界を面白がっていく。そんな日々の発見を綴ります。
